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ウィリアム・ジョーンズ(Sir William Jones、1746年9月28日 - 1794年4月27日)は、イギリスの裁判官。言語学上の功績から、言語学者として記されることが多い。イギリスによる初期のインド研究を担った。 == 概要 == ロンドンに生まれ、ハーロー校をへて、オックスフォード大学に学んだ〔『南アジアを知る事典』(1992)〕。早くから語学に才能を示し、ラテン語やギリシャ語などヨーロッパの古典語を含む諸言語に精通(晩年にはヘブライ語、ペルシャ語、アラビア語を含め、13言語)していたが、家族のために法律の職業を選んだ。当時イギリスはインドの植民地化をすすめていたが、一方で考古学的研究も盛んであり、ジョーンズは1783年、カルカッタ(現:コルカタ)にイギリス東インド会社の雇用による上級裁判所の判事として赴任し、ベンガル・アジア協会を設立して会長となり〔、翌年インド考古学調査の研究会を発足させた。サンスクリットを学び、『マヌ法典』や『シャクンタラー』の翻訳を出版した。 1786年、サンスクリットが古典ギリシャ語やラテン語と共通の起源を有する可能性があることを指摘し、この研究成果は同時代の西欧社会に大きな反響を呼んだ〔藤井(2007)〕。 1794年、カルカッタで死去した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウィリアム・ジョーンズ (言語学者)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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